かにblog

生理が重いADHD20代の生活

真っ白スニーカーを買った

真っ白なスニーカーを買った。

今までスニーカーはどんな服にも合わせやすいだろうと黒しか買わなかった。

初めて真っ白なスニーカーを買った。

「白いスニーカー」とだけ決めて買いに行った。

 

まずABCマートに行ったが求める白スニーカーはなかった。次にデパート内の靴屋に行った。スニーカー、パンプス、ブーツ、サンダル、女性向け、男性向け、子供向け、幅広い品揃えの店に行った。ここにも無いなーと思いながら靴を見ていた。「白いスニーカーって意外と見つからないな」とか「秋冬だから服みたいに茶とか黄色とかグレーとかの色が流行りなのか?靴にも流行色ってあるのか?」とか思いながら靴屋をぐるぐるしていた。そしたら見つけた。真っ白靴コーナー。「上履き」とポップのついたディスプレイだった。なるほど!と思った。ここ一週間で一番の納得だった。でもそのディスプレイには気に入った真っ白スニーカーは無かったので店を変えて上履きっぽい靴を探した。最終的に気に入った靴はコンバースの真っ白靴だ。

 

学校用の上履きコーナー、病院で働く人向けっぽいコーナー(看護師や受付の女性がよく履いている爪先が出るクロスストラップサンダルとかがある)で探せば真っ白スニーカーは見つかりやすい。学びだ。

 

でも何で真っ白いスニーカーが欲しくなったんだろう。

今まで私はスニーカーと言えば黒一択だったのに。

小学校では誰に言われずとも何故かシグマの白い靴を履いていて、同級生どころか周りの小学生ほとんどが同じだった。個性を出すためにわざわざ白い靴紐を黒や赤の派手なものに変えた。

中学校では校則で外履き靴は白い運動靴とされていた。みんな、手を変え品を変え何とか校則に反しないように白い靴に色を取り入れていた。高校生が履く革のローファーに憧れていた。でも高校に入って憧れのローファーを履いたけど、すぐに違う気がし始めた。あんなに憧れていたのに。かかとを潰してスリッパみたいにしたりヒール高めのローファーを欲しがったり、ローファーらしくない物を探した。

 

そこで考えた。何故私は、中高時代の靴にダサいとか何か違うとか思っていたのか。ダサい何か違うはずの真っ白い靴を今欲しがったのか。上履きを履いていた頃のことを思い出して考えた。

結論は私は記号化されたくなかったのかもしれない、自分の意志で白を選びたかった、自分で選んだ色に自分で意味を持たせたかった、ということになるんだと思う。

私は小学校から高校まで上履きを履いた。小学校の上履きは真っ白で足の甲にゴムベルトが触れるタイプの靴だった。すぐ汚れるしすぐキツくなる。中学校と高校では白ベースに緑や青や黄色や赤など学年カラーでワンポイント入っているスニーカーだった。大嫌いだった。すぐ汚れるし紐はカチカチになるし可愛くないしカッコよくもないし皆お揃いだった。田舎だから靴屋で新しい上履きを買うとどこの学校か知られてしまう。靴のラインの色で学年も知られてしまう。嫌だった。

 

高校を卒業して大学では私服で過ごすようになった。途端に何を着て通えばいいか分からなくなった。中学も高校も私は制服を一切着崩すことなく実に模範的に着用していた。でも大学には制服はない。オシャレ以前に服のTPOも分からない。制服が恋しくなった。制服が有り難く思った。それから、かつて、ダサくてしょうがないけど、しぶしぶ履いていた白い靴がオシャレだと知った。雑誌でモデルが「こなれ感」「抜け感」という言葉で真っ白い靴を履いていた。キャンパスでも街中でも真っ白い靴のオシャレそうな人を見た。きっと自分で選んでその靴を履いているんだと思った。オシャレな人が履くからオシャレに見えるだけで私が履いてもダサいだけだと思って、ついに大学を卒業するまで真っ白い靴を履かなかった。でも今はもう履く。だって真っ白い靴は可愛いから。汚れやすいんじゃないか、汚れが落ちにくいんじゃないかと思って、先日買ってから初めて履いた日は少し不安だった。約8km土や泥や道路の上を歩いた。汚れなかった。嬉しい。私の幅広の足でも、数時間歩いて浮腫んでも、足が痛くならない。嬉しい。買ってよかったと思った。

 

私は履くものを自由に選べるようになったから真っ白い靴が欲しくなったんだと思う。同じ真っ白い靴でも、予めそれを履くことが決められていて拒否出来ないのと、他に選択肢があってその中から自分で選んだのでは、やはり後者の方が自由を感じるし物への愛着だって湧く。

だからこそ幼い頃好きじゃなかったけど与えられていた物を今自分の手で選びたくなるのかもしれない。今でこそランドセルが可愛い。私の小学校は入学式に市から男子は黒で女子は赤を配布される。それを6年間使った。転校生が使っていた茶色の革のリュックのようなランドセルが可愛かった。私は赤が好きではなかったし、転校生の茶色のランドセルの方が大人っぽくてオシャレに見えた。小学生向けファッション雑誌のモデルの女の子たちはベネトンなどブランド物の可愛いランドセルを使ってた。隣の芝が青く見えて仕方なかった。今は田舎でも小学生たちはカラフルな皆違うランドセルを使っている。羨ましい。

でも、ランドセルって小学生の記号だ。私が無邪気にランドセルへの羨望や嫉妬や思い出を渦巻かせていられるのは私が小学生ではないからかもしれない。黄色い傘が可愛いと思えるのも同じことだ。

 

今でこそランドセルも黄色い傘も真っ白い靴もローファーもピンク色も可愛いと思うんだろう。

今だからこそ選ぶんだろう。

 

 小学校の時履いてたタイプ。かかとに名前を書いていた。

 

購入した靴